車の窓の内側に、小バエのような虫がとまっていた。
時折思い出したように飛び立ち、見えない何かに遮られた空に向かう。だが当然そこにはガラスがあり、彼は弾き落とされ、また窓の内側で羽を休める。
せめてお前は自由にあって欲しい。僕はパワーウインドウのスイッチに手を伸ばした。さあ、遮る物は消える。空へ飛び立て。
ほら、どうした。まだ気付かないのか。もう半分は空へと繋がってるぞ。さあ。さあ。
小バエは窓の内側にとまったまま、羽を動かさない。
窓が全開になっても動かず、ガラスと一緒にドアの内側に吸い込まれていった。
そこに遮る物は無い。でももう、小バエも居ない。遮る物が無くても飛べない、哀れな男だけが残された。
僕は隣のスイッチを押した。最初と同じように、光だけを通す透明の障害物が、空への道を閉ざしてゆく。
ガラスに、小バエがすり潰されたと思われる汚れがついていた。
僕はウェットティッシュでそれを拭き、ゴミ箱に捨てた。