全力自転車

少年が全力でペダルを踏みしめて、赤信号を呆然と待つ僕の横を通り過ぎていった。
赤信号を待っている、僕の横を。赤信号を突っ切って。信号無視。行き交う自動車も、無視。一切妥協しない速度で走る自動車の波に、真横から突っ込んで、跳ねられて、飛んだ。
少年は勝者の顔をしていた。負け犬なんかではない、自信に満ちた顔。
彼はきっと、何かを分かっていた。真理、結論、人生の意味。言葉はどうでもいいけれど、そんなものを悟り、勝って、だから全力で自転車をこいだ。
夏に光る汗。額輝く。
風になびく服。空気切り裂く。
踏みしめるペダル。全力回転。
勝者たる堂々と、少年の無邪気。全力自転車は飛んだ。
多くの大人たちが、それを呆然と見ていた。緩慢に見ていた。怠惰に見ていた。
全力の少年を、無気力に見ていた。
夏に負け、俯き加減。負け犬たちは汗を拭う。
信号はまだ、赤い光を灯していた。