時計の音は一秒ごとに違う。
言葉は無力過ぎて、一秒ごとに変わる音を表せない。
時折、特に音が高い事がある。ガラスについた傷は音の方向を少しだけ上向きにしている。
時折、特に音が低い事がある。たぶん、僕の耳に入ったあたりで何かに引っかかり、下の方へ落ちてゆく。
キーボードを叩く音はうるさい。どこにも無は無い。無い物が無だけだなんてどんな皮肉だ。
どれだけ悲しんでもどこかに笑って自分が言う。うそつき。
昔から自分はこの世界の人間じゃないと思っていた。人の無力を恨んで泣いた。今も何も変わらない。時計の音はまた変わる。
暗闇の中に見えたのは赤。あと、緑。青。
今になってようやく、時計の音が置時計ではなく腕時計から聞こえることに気付いた。
今日、初めての前進。
風が無いのにティッシュが揺れる。微かにでも動いている。
壁がなる。電球の紐を三回ひっぱる。
暗闇の中に見えるのは、白い光。緑。青。
キーボードは虫の巣の中。沈黙の中に沈む瞬間はかけない。今を写し取る限り、静かなキーボードをここに映し出す事は出来ない。
僕の何かが笑う。眼の表面の傷が見える。頭のてっぺんから十ミリずれたあたりが痒い。
遠くで車が走っている。暗闇の中には赤と白。爪も白く光。
影は黒。黒は影じゃない。時計の音がさっき少しだけずれてなった。一瞬のオレンジ色。
どこかで人の走る音。文房具は蜂の巣の中。頭の真後ろから右に十センチのところがかゆい。会談を上がる音、踊り場、また会談を上がって三階。ドアを開ける音。
天井が鳴る。隣の家の人がティッシュを引き抜いた。もう一枚。もう一枚。三枚連続。
異より少し上あたりが鳴る。パソコンと一瞬のオレンジ。
自分の鼻が白い。足は温かい。キーボードの温度を僕は書けない。冷たくない熱くない温くない。
メガネをかけてない自分に気付いた。
今日二歩目の前進。
隣の人がまたティッシュを引き抜いた。
時計の音が一秒ごとになっているのに、僕にはその内の大半が聞こえない。
無音と言う音が一番うるさい。でも、無音なんて無い。
ようやく置時計の音がし始めた、と言う嘘。
腕時計が二回撃つ間に置時計は一度しか音を立てない。
耳と頭の側面がかゆい。
キーボードを打たない時の指が宙に浮いている。その時も筋肉は使っている。
心臓の音に耳を澄ますと、指先から聞こえてきた。目を閉じて開ける時には音がする。足がしびれ始めている。時計のガラスがなった。目の表面の傷が落ちてゆく。
キーボードを打っているときの自分の手の動きを見て笑う。キーボードを打っていない時の手の形が意味も無く毎回違う。
めがねが無いと打った文章が見えない。また手の形が違う。右手親指が下。また下。やっぱり下。左手とそろった、
深呼吸をしたと言う嘘。目を閉じるときには音がしない、つばを飲み込むと音がする、またずっと時計の音がしなkった、と言う嘘。
大きく深呼吸をしたと言う、今度は本当。隣の人が本をひっぱった。床にある。暗闇に緑。
首を折ると左に折ると二回なった。右は一回。隣の人が立ち上がり二歩歩いた。ティッシュを引き抜いた。さっき本だと思ったのはティッシュ箱かも知れないと思った。
また右親指が下。深呼吸をしたといううそ。二時間が過ぎたと知る。たぶん前進じゃない。
壁がなる。目の表面の傷が右下に落ちてゆく。心臓の音は聞こえない。右くるぶしが痛い。背骨が鳴る。
天井を見るが、暗いのとメガネが無いので見えない。大きく深呼吸をする。花がかゆい。
深呼吸に失敗する。唇がべとつく。階段を下りる音がする。忘れていたと思った瞬間にだけ時計の音がする。誰かが話している。
コーヒーがまだ残っていることに気付く。体の中からは何も聞こえない。
もうすぐ終わりだと思う。たぶん前進。
深呼吸に成功。ずっとあぐらをかいていた。キーボードから手を離した。足を伸ばした。コタツを動かした。
足がしびれているのは左だと思っていたけれど、伸ばして見ると右だった。車が右から左に走った。水滴が落ちた。
頭をかいた。天井を向きながらキーボードを打った。足を組替えた。
僕の周りの本当の事。
お腹がなった。体の中から音がした。
僕の中の本当のこと。
めがねをかけた。天井を見た。
ようやく終わりだと知った。