夢の傷跡

刑事が麻薬の売人を取り調べている。
「今まで闇の世界で生きて、苦しんできたんだな」
「ええ、多くの人に騙され、裏切られ…その度に心に傷を負いました。この傷はもう消えません。でも自分も同じような事してきました。仕方のねぇ話です」
「足を洗おうとは思わなかったのか?」
「何回も考えました。でもね、『夢』だったんです」
「夢だと」
「ええ、ヤクザの親分に憧れてましてね。だからどれだけ心の傷が痛んでも、足を洗う事はできやせんでした。でも結局はしがない麻薬の売人で。そんな小悪党にだきゃあ、なりたくなかったんですがねぇ…」
「夢か…俺は昔からラグビーをやっていたんだ。プロのラグビー選手になるのが夢だった。まあ、結局なれなかったんだがな」
「そうですか」
「お前もスポーツなんかに夢を見てりゃ、そんなに傷つかずにすんだのにな」
「夢自体は否定するつもりはありません。でも現実はそうかも知れないですね」
そう言ってから、売人はふと気付いたように、顔をほころばせた。
「でもほら、刑事さんも…」
売人の視線を見て、刑事もふっと笑う。刑事の腕にはラグビーでついた擦り傷の跡が残っていた。自分の物とは違う『夢の傷跡』を、売人は眩しそうに見つめていたのである。